【コーチという生き方】俺は変わる。あなたもきっと変われる。


《 この記事を書いた人 》

現役ジュニア専門コーチ
Tatsuya Ao

大手スポーツクラブを退職後、ジュニア指導一筋11年の経験をもとに、
岐阜を拠点としたジュニアバスケスクールを立ち上げ、独立。バスケ歴25年。
現役バスケ&水泳コーチとして活動中。

スクール運営と日々の指導から得た知識と自らの経験を、
「初心者の方にも分かりやすくお伝えすること」をモットーに、
バスケ・水泳を中心としたコーチング情報を発信しています。

コーチという生き方。

コーチとして、11年。

とても変化のある生き方だった。

はじめは、地元のスポーツクラブでスイミングコーチとしてアルバイトを始めた。

高校を卒業後、就職した製造業の会社を3年で退職し、まったく経験したことのない

「コーチ」という仕事にアルバイトという形ながら就くことになった。

ものづくりが好きだった私は、製造業という仕事はとてもやりがいがあり、クリエイティブで楽しかった。

毎日ひたすら物を作り、自分の思いを形にしていった。

その努力が認められ、周りからも評価され、
1年もしないうちに現場のリーダーとしての役目を任されることになった。

そこでもっとやりがいのあることを知ってしまった。

今思えば、その瞬間に私の「コーチ」という道が拓けたのかもしれない。

リーダーになって知ったこと。

調子に乗って犯した重大なミス

その時、私はまだ19歳。

社会に出て間もないペーペーの新人。

若さゆえ怖いものなどなかった。

上司にさえ、自分の意見を何の配慮もなくぶちまけ、自分勝手に仕事を進め、周りを困らせることも多かった。

でも成果は着実に出ていたし、

「俺は会社に貢献している」

と自信満々だったことを覚えている。

そんな私に天罰が下るのは、そう遠い未来の話ではなかった。

調子に乗っていた私は、上司やチームのメンバーに何の相談もなく勝手に仕事を進めていた。

自分の判断だけで製品を作っていく中で、重大なミスを犯してしまった。

製品の部品を本来使用するべきものとは、別の間違った部品で作ってしまっていた。

納品日は、翌日。しかもその後の予定も詰まっている。

そんな状況で、当時19歳の私にはどうすることもできなかった。

仲間が助けてくれた、仲間がいると知った

そんな状況の中、

チームの仲間が「これからみんなで直しましょう!」「私も協力します。」と助けてくれた。

もうとっくに就業時間は過ぎているのに、多くの仲間が残って作業してくれた。

私の上司もスタッフを増員してくれたり、上司自身も作業を手伝ってくれた。

仲間の協力でなんとか窮地を乗り越えることができ、安心した私に同期入社の同僚がかけてくれた言葉で私は目が覚めた気がした。

「いい仲間がいてよかったな。」

その日の夜、その言葉を噛み締め、私は変わることを決意した。

「仲間を大切にする」「この感謝の気持ちを忘れない」

誰かの役に立つということ

それから心を入れ替え、仕事はうまくいき、順調だった。

そんな中で、私に1つの想いが芽生え始めていた。

「誰かの役に立ちたい」

もっともっと多くの、そして困っている人や頑張っている人の助けになりたいと思っていた。

3年が経とうとしていた頃、私は会社を辞めることに決めた。

揺れる心、変わる意志

仲間に恵まれ、仕事も順調で、会社は安定を与えてくれた。

でも、

「誰かの役に立ちたい」

と思う気持ちは消えることはなかった。

もちろん、その会社の人たちの役に立つことはできる。

助けられた恩もある。

でも私は、変わりたかった。

新しい自分に挑戦したかった。

考えに考えたのち、私は辞める決断、変わることを選択した。

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新しい人生の始まり。

動き出せない自分

次の仕事先、就職先も決めることなく飛び出した私は、なにをすればいいかわからなかった。

本当に勢いに任せて、自分勝手なところは変わってない自分の甘さに心底打ちのめされた。

自分の生活も成り立たせなくてはいけない状況とやりたいことがわからない状態に危機感を感じながらもなかなか動き出せない自分がいた。

あんなに意気込んで、会社まで辞めてきたのに、動けない自分が情けなく思えて仕方なかった。

はじめの一歩

きっかけ。

それは思いもよらないところにあるもの。

実家に置いてあった一枚のチラシ。

スイミングの夏期短期講習の生徒募集のチラシだった。

なにげなく内容を読んでいる中、チラシの隅っこに「スタッフ募集」の欄があった。

内容は、「子供たちにスイミングを指導するコーチ」の仕事だった。

水泳は、小学生の時に少しの間習っていた程度、あとは学校の授業でやるくらいのもので、到底指導なんて。

と思った。

チラシを見ていた私に、母親が「やってみればいいんやない、このままじゃなにも変わらないよ」

と声をかけてくれた。

スイミングコーチ人生の始まり。

その言葉のおかげで、私はスイミングコーチになった。

またしても誰かの言葉で、私は変えられた。今回は、自分の親だった。

「誰かの役に立ちたい」と言っておきながら、誰の役にも立てず、それこそ誰かに背中を押されないと動き出せもしない自分。

今振り返っても、本当に恥ずかしく思う。

でもこれでなにか変わる。と期待を膨らませたことを今でも覚えている。

教えることの難しさ

まったく経験したことのないスイミングコーチという仕事だったが、

小さい頃から運動は得意で、子供も好きだったので、「なんとかできるだろ」と根拠のない自信を持って挑んだ初日は散々な結果だった。

目の前にいる生徒に私は、なにも教えることができなかったのだ。

ただでさえやったことのない水泳の指導+相手は子供たち。

なにをどうやって伝えていいのか。ただなんとなくうなずくことしかできず、ただただ悔しかった。

困難に立ち向かう時、人は変わる

初めての指導を終えた後、とても悔しい思いをしたが、自然と諦めるという選択肢はなかった。

自分の好きなスポーツに関わること。子供たちの笑っている表情。すべてが新鮮で気持ちが良かった。

スイミングを習いに来ていた子供たちの中にも、初めて水泳をする子もたくさんいた。

足のつかないプールに初めて入る怖さは尋常ではないこと。

初めてのコーチ、知らない子たちの中に混ざり、練習すること。

それでも子供たちは一生懸命練習に取り組んでいた。

「ああ、俺はなにをやってるんだ。」

そう思った。

「この子たちの方がよっぽど勇気があって、こんなにも頑張ってるじゃないか」と心の底から反省できた。

また私は、誰かに変えられた。今度は子供たちだった。

できないなら、勉強してできるようになればいい

猛勉強した。

それはもう全ての時間を指導・コーチングについて、水泳について勉強した。

1つのことに没頭できることは、私の強みだった。周りが見えなくなるほどに。

ベテランのコーチに話を聞いたり、本を読んで勉強したり、実際に自分で泳いでみたり、やれることはなんでもやってみた。

学校の勉強は嫌いだったが、指導の勉強は楽しかった。

やったことには必ず反応が返ってくる

勉強の甲斐あってか、コーチの仕事にも慣れて来た頃、嬉しい知らせが届く。

自分の担当している生徒が、訳あって転勤することになり、
今いるスイミングクラブを辞めなければならないことになった。

最後のレッスンのとき、その子から「今までありがとう」と言葉をもらい、お手紙をもらった。

家に帰り、その手紙を読むと、

「今までスイミングを楽しく教えてくれてありがとう」
「泳げるようになれて嬉しかった」
「別のところに行ってもスイミングを続けたいです」

と書かれていた。

気づけば、涙がぽろぽろと流れていた。

「誰かの役に立てた」

そう思えた瞬間だった。

あの時の俺の選択は間違ってなかったと思えた瞬間だった。

この時感じた想いを私は一生忘れることはないだろう。

人との出会いが人を変える

最高のコーチとの出会い

私のコーチ人生の中で、もっとも重要で、もっとも大切なこと。

「私を変えてくれた一人のコーチ」

この人との出会いが私を大きく変えることになる。

というか、

今の私の指導・コーチングの信念や考え方はその人そのものだといっていい。

それほどまでに私はその人の指導が好きで、心から尊敬している。

今の私の指導を支えているのは、そのコーチから学んだ、子供に対する熱い想い、人に対しての愛情、仲間を想いやる心、仕事を貫き通す責任感、成長させるという覚悟、そして、人は変わるという答え。

私は、その人に変えられた。

人は人によって変わるのだ。

コーチという仕事は、その最前線に立つという仕事だ。

それを教えてくれたその人には、返しても返しきれないこの感謝と敬意を伝えたい。

あなたのもとでコーチができてよかった。
あなたの願うようなコーチになれているか。今そんなことを考えている。

今はお互い違う環境にいるが、今もあなたはきっとどこかで誰かの役に立っていると信じている。

人を動かすのは、人の心、心の入った言葉

想像してみてほしい。

迷っている時、困っている時、苦しい時。

そんな状況を変えるのは、いつも人の心だ。

そして、その心の入った言葉である。

言葉は、使い方によっては、良くも悪くもなる。

だが、心の入っていない言葉で、惑わせたり、騙したりすることはできても、

本当の意味で、人を動かすことはできない。

人を動かすということは、人の心を動かすということだと私は思うからだ。

実際に私が動いた時、

そこには、大切な人の心があった。

大切な人の大切な心が入った言葉があった。

それに私は変えられたのだ。

コーチという仕事、コーチという人生とは、まさにそれを体現することに他ならない。

バスケットボールコーチへの転身

8年続けてきたスイミングコーチから、

今現在は、バスケットボールのコーチとして活動を行なっている。

バスケットボールは、私が小学生〜高校生、社会人バスケまで25年の経験がある。

自分が一番得意とするスポーツであるバスケットボールを通じて、子供たちの成長の役に立ちたい。

そして、

そこに関わる人たちの意識を変え、スポーツ、バスケットボールの発展に少しでも貢献できたらと思い、このブログを書いています。

バスケットボールのコーチとしても2年が経ち、日々勉強を続けている中で、

この経験と募る想いを伝えていくべく、今後も子供たちの育成、人の心を動かすことを信念として掲げ、活動を続ける。

変わる。あなたもきっと変われる。

そして、これからも私は、

変わることを選択する。

ジュニア指導一筋11年、私がバスケを通じて子供達に伝えたいこと。

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